なぜ大量に描くだけではうまくならないのか

先ほど述べたように、大量に絵を描くだけでは「間違ったパターンを身につけてしまう」とう可能性について指摘しました。
しかし理由はこれだけではありません。

 

ポーズ写真集の意味

人間のあらゆるポーズを収めた「ポーズ写真集」というのがあります。これはたくさんの裸体ポーズが収められており、絵を描く職業の人たちはこれらを写し取る練習を長年繰り返し、さまざまなポーズを視覚的に記憶します。
多くのポーズを描画することでたくさんのポーズのパターンを記憶し、同じようなポーズの絵が必要になったときにすぐさま指の動きに取り出せるようにします。
これはたくさん記憶することで記憶に刷り込まれ、それを再現する、という練習です。

 

 

描いたことのないポーズ

ポーズ写真集を写し取ることは、確かにいい練習にはなるのですが、これは「大量に記憶する」という作業をしているだけだということを忘れないようにしてください。
ポーズ写真集の模写が無意味な練習とはいいませんし、職業によっては最も重要な訓練になることがよくあります。が、大量のポーズを記憶しているだけでは、記憶していないポーズには対応できません。
何かというと、どれだけポーズデッサンをこなしても、初めて見るようなポーズには対応できないということです。
記憶していないポーズに対しては対応できないのです。もしあなたが記憶に頼る素描をこなさなければならず、計算している時間もないような職業についているなら、毎日ポーズ集を見ながら、莫大な量のデッサン練習をこなさなければなりません。

 

 

漫画家の例

漫画家はたくさんのポーズを描かなければならない、代表的な職業です。
こういう職業の人たちは、上記のようなポーズデッサンを繰り返していることが多いのですが、実は一人の作者の中では、似たようなポーズが割とたくさん出てくることに気づかされます。

 

実は職業漫画家でも、見たことのないポーズはなかなか描けないのです。一度でも練習したことのあるポーズなら、記憶を頼りにすぐ描けるかもしれませんが、まるで描いたことのない珍しいポーズを突然描かなければならなくなった場合、時間がかかることがあります。
なのでそういう場合に備え、多くの漫画家はまだ練習したことのない「ポーズ写真集」をたくさん持っており、必要であれば適切なポーズを探し出し、それを見ながら描いているわけです。必ずしもすべての絵を、何も見ずに描いているわけではありません。

 

また最近ではスマートフォンなどにカメラ機能が付いており、自分でポーズをとってその写真を元に描くこともできます。
昔のマンガなどで、漫画家自身をテーマにしたマンガがあり、そこに出てくる漫画家がよくアシスタントに「こんなポーズをやって!」というような命令をしたりしています。
見たことのないポーズは描きづらいので、実物を見ながら描くというわけです。1章で述べた「サンプリング法」です。

 

 

数値計測法(BOX理論)はどんなポーズにも対応できる

BOX理論(数値計測法)では定規を使い、数学的遠近法によって正しい形状を求めます。
これは理論上で長さや太さを求める方法なので、どんな形状、ポーズにでも対応できます。これはサンプリング法では不可能な、数値計測法の利点といえるでしょう。

 

しかし数値計測法には欠点があり、時間がかかることと計算がややこしいことです。模写に慣れた人なら、ポーズ写真集を見ながら描くほうが多くの場合速く描けます。

 

ただしポーズ写真集に載っていないようなポーズを描く場合は、先の漫画家のように、自分でポーズをとったりしなければなりません。
自分でポーズをとったとしても、描くべき人物と自分がプロポーションがかけ離れていたり、性別や年齢が違いすぎたりすると、うまくかけなかったりします。
たとえば5歳くらいの少年の絵を描こうとしているのに、自分が成人女性であったりすると、同じポーズをとっても形状はかなり異なってしまいます。自分のポーズをそっくり写しても、少年の絵にはならないわけです。

 

数値計測法は、このような問題にも対応できます。

 

 

デッサン人形・POSER

世の中にはデッサン人形というのがあります。
これは関節を動かすことのできる人形のようなもので、要するに人形の関節を動かし、目的のポーズを取らせ、それを書き写すというものです。

 

しかしこれには問題があり、まずデッサン人形は人形なので、人間の筋肉やら表面の形状やら、そこまで詳しい情報は得られません。
「およそこんな形をしている」というだけで、細かい形は作者の想像に任せられるというものです。デッサン人形があるからといって、精密に描画できるわけではないのです。

 

こういった問題を克服するため、近年になって3DCGを使って関節を動かせる人間を表示し、これを写し取る方法も開発されました。
実は3DCGの最初の目的は、デッサン人形の代わりでした。そして現在でもそのような使い方は十分可能です。

 

たとえば「POSER(ポーザー)」という有名なソフトでは、フィギュアと呼ばれる人物がデータとして入っており、これの関節を動かしたりできます。これでデッサン人形の代わりができるというわけです。

 

実は私の行っているBOX理論というのは、これらデッサン人形や3DCGでポーズをとらせて写し取るのにかなり似ています。
BOX理論では、人間の各部を囲むBOXを想定し、関節を動かして各部の位置を正確に割り出すというものです。
POSERでモデルの関節を曲げてそれを写し取るのにとても似た作業であり、BOX理論といっても特に真新しいことをしているわけではありません。

 

BOX理論はいわば、POSERでやるような作業を、紙の上でできるようにしたものです。