最低限の模写スキル

模写とは?

模写とは目の前にある人物や風景などをそのまま紙に写し取ることです。
学校でやるような美術の授業内容は、ほとんどがこれに当たるでしょう。

 

一般に模写の上手さには個人差があり、その腕前は生まれつきで、下手な人は努力してもほとんど変わらないと思うかもしれません。
確かに生まれつき空間認識力、空間記憶力のようなものが優れている人はいますが、しかし模写には明らかに「コツ」というものがあり、練習しだいで上手くなれます。

 

その「生まれつき模写の上手い人」というのは、単にそのコツをふつうの人よりもたくさん知っているか、なんとなく経験的に習得しているだけで、生まれつきの空間認識能力のようなものはふつうの人たちとほとんど変わらない場合がほとんどです。

 

次の章から模写のコツをいくつか説明しますので、自分に足りないと思うスキルは身につけ、役に立ててください。

 

 

模写そのものが目的ではない

模写は目の前のものをそのまま写すことなので、これが最終目的ではありません。
もし目の前のものを完全にそのまま再現すればいいのなら、写真を使えばいいはずです。写真よりもリアルな絵を描くことは、人間にはできません。
あるいは、写真を撮ってパソコンに取り込み、ペイントソフトで上から写してもいいのです。手段を選ばなくていいならいくらでも方法はあります。

 

そうではなく、ここでの最終目的は「何も見ずに人物を描けるようになる」ことです。模写だけに時間を取られすぎないように気をつけてください。

 

模写をするときには、対象物を「測定」して、それを「描画」します。
先述した測定と描画の能力を使いますので、等分の感覚や数値計算などはすべてそのまま使うことができます。

 

 

模写のスキルは絵を描くのに必要か?

見たものをそのまま描く場合はもちろん模写のスキルがないと絵が描けませんが、架空の人物を描く場合に模写のスキルは必要でしょうか?
たとえばあなたがすでに人物のすべての部位の長さや太さ、表面の形や質感まで記憶していたとしたら、「測定」のところは不要で、「描画」のスキルだけ必要のように見えます。

 

しかし実際のところ、人間は頭の中で物体の形状を想像し、ある程度まではその記憶によって描き出します。
模写するときは、目の前の物体の形状や質感を記憶し、その記憶が新しいうちに紙に映像を投射してそのとおりに描画しようとします。
ところが記憶はすぐに薄れていくので、時間がたつと映像の記憶もなくなってきます。だから何度も元の映像を見て、描画してはまたもとの映像を見るという繰り返しで模写は成立します。

 

このように人間には映像そのものを記憶する機能があり、それを紙に投射する能力も持っています。
いくら人物のすべての部位の長さや太さを「数字」で記憶していたとしても、基準点がどの部分なのかとか、細かい形状など、まったく知らずに描画することはできません。

 

私達の周囲にはたくさんの人間がおり、さまざまなポーズを日常的に目にすることになります。
これらは私達の無意識の中のどこかに記憶されているため、おかしなポーズを描画すると「おかしい」と判断できます。

 

もし人間を一度も見たことのない宇宙人がいて、彼が下手なデッサンの人間の絵を見ても「おかしい」とは思わないでしょう。
元の形を知らないので、それが正しい形かどうかを知らないからです。

 

 

詳細な形を知っておく必要がある

たとえば腕の筋肉の付き方を勉強すると、下腕はひじの付近が太く、手首に近づくにつれて細くなってきます。
しかしこのように聞いても、詳細な形をまったく知らなければ、こんな形を描いてしまうかもしれません。

 

画像:ひじから手首まで筋肉がまっすぐになっている下腕
ひじから手首まで筋肉がまっすぐになっている下腕
腕は実際はこんな形はしていません。言葉や数字でも説明も重要ですが、実際に見たり描いたりしてみないとわからないこともたくさんあります。

 

あまり同じ練習ばかりしていても時間の無駄になりますが、模写という練習もかなり役に立つことがあるので、何度か練習しておきましょう。
模写といっても、超リアルになるまで何度も何度も修正しろとか、そこまでする必要はありません。
線を引いて概形だけ描画するだけでも十分です。陰影をつける場合でも、鉛筆を寝かせてだいたいの位置につけるだけでも十分訓練になります。

 

 

形状を記憶するカン

模写に慣れてくると、見たものの形状を記憶し、すぐに描くことができるようになってきます。
形状というのは「見た目そのままの形」のことです。

 

たとえば長方形の箱があるとしましょう。
これを真上から見れば長方形そのままですが、斜め上あたりから見ると、見た目は平行四辺形かひし形の形に見えます。

 

画像:斜め上から見た箱
斜め上から見た箱
私たちは「箱が長方形の形をしている」ということを知っているため、見た目が平行四辺形であってもなかなかそのように描けません。
またこの平行四辺形も、見た目の位置によって辺の長さや角度が変わります。
紙の上に映像を投射したとき、この平行四辺形の各辺がどれくらいの角度でどれくらいの長さになるか、正確に描きだすことは、初心者には簡単ではありません。

 

模写や観察を繰り返していると、こういった形状のカンがよくなってきて、描画速度が速くなり、しかも正確になります。
描こうとする物体が紙面上でどんな感じになるか、まったく想像できないと描画するのが大変です。
できなくはないのですが、計算ずくめになるので面倒な上に時間がかかってしまいます。

 

といっても、一瞬見ただけですべて記憶して正確に描けるようになるとか、そんな能力はまったく必要ありません。
こういう能力も、「まったくゼロでは困る」というくらいのもので、あまり高度な能力を身につける必要はありません。
たまに息抜き程度に30分程度、物体の概形を線画で引いてみるのも悪くない練習です。

 

 

構成を考える場合のカン

本来絵、特に人物画というのは、人物のポーズやカメラの位置などを慎重に考えなければなりません。
美術とは芸術的に表現するということで、ただ正確に描画するだけでは、美術とはいえないのです。

 

最初はただ正確に描画することだけを目的にしますが、この段階をクリアしたら次はさらに高度な表現を学び、美術をもっと楽しめるようになるでしょう。

 

そしてそのとき重要になってくるのが「ポーズ」や「構成」という概念ですが、これは自分で考えなくてはなりません。
デッサン人形絵も持っていればいいのですが、通常は頭の中で人間を想像し、関節を回したり表情を変えたりして、またカメラの位置を変えて最適なポーズを考えます。
この作業はすべて頭の中で行われるので、やはり「映像の記憶」というものが必要になるわけです。

 

模写の練習をすると、詳細まで観察しなければならず、かつ描画するために形状の記憶が強化されます。
何度も繰り返していると、記憶力も強化され、頭の中での形状の記憶も強固に、明細になってきます。

 

ただし何度も述べているように、あまりしつこく練習する必要もありません。
実はポーズをとらせる場合にも、理論というのがあるのです。
「こういう表現をしたときはこの関節をこれくらい曲げる」とかそういう理屈があり、完全に映像を想像できなくても、ある程度まで理屈でポーズを出せるようになっています。

 

あまり神経質になる必要はありません。