3DCGの問題

3DCGの統一性

ところが3DCGで動きを作る場合、このような「線」「色」「陰影」の統一性については、あまり考える必要がないのです。
なぜかというと、バーチャル空間に存在する人体をそのまま動かすため、線や色や陰影の度合いが前後でおかしくなる、というようなことは考える必要がないのです。

 

線についてはコンピューターが自動で計算してくれます。
色もコンピューターが出しているので、手書きのように間違って少しずつ色が変化する、というようなこともありません。

 

そして陰影についても同じで、コンピューターは陰影を正確に計算してくれているため、動きを作っても「陰影のぼかし具合が動きの中で不自然」というようなことも起こらないのです。
なので、手書きアニメでは非常に難しい「陰影をぼかした状態で動きを作る」ということが、3DCGではできてしまいます。これは3DCGにしかできない強みであるといえるでしょう。

 

 

3DCGの問題

このように、3DCGには手書きでは再現できない表現があるので、単純比較すると3DCGのほうが優れているように見えるかもしれません。
しかし3DCGでは、手書きアニメで表現できたものができないという、欠点もたくさんあるのです。見ていきましょう。

 

 

補完の問題

3DCGアニメでは、動きを「補完」という方法でつけていくことがよくあります。補完とは何でしょうか。
たとえば歩行のアニメーションなどで、キャラクターの脚の曲げ伸ばしがあるとします。
この曲げ伸ばしのアニメーションを作成するのに、3DCGでは、まず脚の曲げた状態を作り、次に伸ばした状態を作ります。
するとコンピューターが自動で、この2つの画の中間的な動きを作ってくれます。

 

手書きアニメでは、まず脚の曲げた状態と伸ばした状態の絵を描きます。
そしてその中間の動きを示す数枚の絵は、絵描きが自力で描きます。

 

本来絵描きが作るべき中間的な動きの部分を、3DCGは中間的な動きをすべてコンピューターが自動で作ってくれるわけです。
一見すると非常に効率がいいように見えますが、話は簡単ではありません。

 

このような中間の動きを作ることを「補完」といいますが、この補完の動きは常に理想的な動きをするとは限りません。
ほとんどの場合、まずコンピューターに自動計算させてみると、自分が思ったとおりの動きになりません。

 

この作業はとてつもなく大変なことになる場合がよくあります。
人間の目というのは実に鋭いもので、こうしたほんのわずかな時間の動きに関しても、おかしな絵が1枚でもあるとすぐに「不自然だな」と気づくものなのです。
実際の作業では、こうしたおかしな動きが出ないよう、自動で計算された補完アニメーションを自力で修正していかなければなりません。

 

よくあるパターンとして、一つの動きに対してこの補完アニメーションのコマ数(静止画にした場合の枚数)が30枚あるとしましょう(つまりあるポーズとその後のポーズの間に30枚の補完画像がある場合。上の例なら脚を曲げた状態と伸ばした状態の間に30枚の絵があるとする)

 

この場合、コンピューターはまず30枚の補完画像を自動で生成します。
しかしたいていの場合、この30枚の静止画像は納得の行くものではありません。

 

それでまず、中間あたりの15枚目の画像を訂正するとします。すると残りの1〜14枚目と16〜29枚目の画像も、この修正した画像に合わせて補完し直されます。
これでも納得がいかない場合、さらに細かく修正していきます。次に10枚目の画像を修正し、また自動補完、納得がいかずに次は5枚目の画像を……というふうに、納得いくまで補完画像を修正し続けることになります。

 

下手すると、この30枚の画像をすべて修正することもありえます。それくらいなら最初から手書きで描いたほうが速いかもしれません。
手書きアニメの場合、最初から補完画像はすべて、視覚的なイメージを元に作られるので、ポーズを描いてから納得いかないのでやり直し、というようなことはあまりありません。
コンピューターが自動で補完してしまうので、修正が必要になるのです。

 

またこのコンピューターの自動補完は、通常はかなりいい加減な動きを算出します。
作り手によっては作業が面倒になり、自動補完をあまり修正せずに完成とすることもあります。
すると「3DCGならではの不自然な動き」が出来上がってしまい、視聴者の不評を買うことになったりします。

 

さらにこの自動補完の問題は、次に述べるfpsと陰影の問題で、さらに作業量が増えることが多いのです。

 

 

fpsと陰影の問題

fpsというのは銃撃ゲームのことではありません。
Frame Per Second(1秒あたりのフレーム数)の略で、1秒間に何枚の静止画があるか、という意味です。

 

アニメーションというのは、たくさんの静止画像が次々と映し出されることで、あたかも動いているかのように見せます。
手書きアニメでは、それらの絵をすべて人力で描画するわけですが、3DCGでもこれは例外ではありません。
ただ3DCGの場合、先ほど述べたように、ある程度はコンピューターが自動で計算してくれたりもします。

 

さて日本の手書きアニメでは、テレビで放送されているような典型的なアニメ作品の場合、人間の動きに関しては1秒間に8枚の絵があります。
これをたとえば1秒間に30枚とかにすると、もっと動きは細かく見え、滑らかな動きになります(俗にヌルヌル動く、などともいわれます)

 

fpsを増やして動きを滑らかにすると、見た目はきれいになりますが、もちろん絵描きの作業量は増えます。8枚と30枚なら、単純に考えてもおよそ4倍弱の作業量になり、制作時間にも大きく影響することでしょう。

 

さて、このfpsと「陰影のぼかし」というのが、実は関係があるのです。
先ほど「手書きアニメでは陰影のぼかしの度合いを統一するため、陰影の境目がくっきりしたセルシェーディングを使っている」といいました。
そして3DCGではそういう問題を考えなくていいため「陰影のぼかし」を維持したまま動かすことができ、それが3DCGの長所であるともいいました。

 

しかしこれを実際やってみると、つまり「アニメ調の絵で陰影をぼかしたまま動かす」と、不思議なことに、おかしな動画になるのです。
「アニメ調だけど陰影をぼかした絵」というのは、たとえばよくある一枚イラストのような絵です。美少女キャラクターによくある手法であり、pixivのようなサイトでもよくあります。陰影の境目がはっきり2色に分かれておらず、通常のアニメ絵よりもリアルな感じがします。

 

こういう絵を動かしと、不自然になります。もう少しいうと、これを「8fps」で動かすとおかしな動きになります。8fpsとは、1秒間に8枚の絵で動きを作ることです。

 

つまり8fpsのアニメの動きは「ぼかしのついた陰影で動かすとおかしくなる」のです。ぼかしをなくし、セルシェーディングにすると自然になります。

 

なぜこのようなことが起こるのでしょうか?
理由ははっきり説明できないのですが、これには歴史的な理由があります。

 

日本のアニメは制作上の都合、8fpsのセルシェーディングを使うようになりました。
一方、映画や実写ドラマではもっとfpsが多く、30fpsくらいあります。

 

そして日本人は、このような形式に目が慣れています。
「セルシェーディングアニメ」には8fpsに慣れているので違和感がないのですが、実写のようなリアル描写で8fpsをやると、日本人は不自然に感じるのです。
日本人は実写表現に対しては、30fpsくらいに慣れているので、8だとなんだか不自然に感じてしまいます。実写を8fpsで動かすと、妙にカクカクしておかしいと感じます。

 

ぼかしをつけたアニメ的なイラストでは、日本人にはまるで実写に近い表現として見えるらしく、8fpsで動かすとやはりカクカクして不自然だと感じるようなのです。

 

そんな理由なのかと思われるかもしれませんが、たとえばディズニーのアニメに慣れているアメリカ人に日本の手書きアニメを見せると「カクカクしていてまるで絵が止まっているように見える」というそうです。8fpsのカクカク表現は日本独特のものなのです。

 

なので陰影にぼかしのついた3DCGをそのまま8fpsで動かしと、やはり不自然に感じてしまいます。
だから3DCGで陰影にぼかしをつけた場合、30fpsにしてアニメーションを作るのです。

 

 

「手書きアニメ」の再現にこだわる3DCG

しかし30fpsにするということは、1秒間に30枚の静止画像が含まれるということで、先にも述べたように、修正作業も膨大な量になってしまいます。

 

8と30では作業量が4倍も違います。動きの途中をコンピューターが自動で作ってくれるとはいえ、修正作業をしっかりやっていくと、ほとんどの静止画像を修正することになったり、かといって修正作業を省略すると3D独特の不自然な動きになってしまいました。

 

どちらも問題なので、結局3DCGでアニメを作るときは、陰影にぼかしをつけず、つまり陰影の境目がくっきりしたセルシェーディングにして、8fpsで表現する、ということが少なくありません。

 

また日本人は歴史的な都合で、セルシェーディングアニメに目が慣れています。下手にぼかしのついた凝った絵にすると、それが大衆には受け入れられなくなるかもしれません。
安全に見てもらおうとすると、どうしても既存の技術の延長となり、3DCGで8fpsセルアニメを作ることになるのです。

 

結果として、3DCGという新しい技術を使いつつも「既存の手書きアニメの表現をいかに再現するか」というところにとどまっているのです。
しかし3DCGを使う目的が「手書きアニメの再現」なので、クオリティとしては結局は手書きアニメにはかないません。

 

いかに手書きアニメに近づけるかが3DCGの目的になってしまい、3DCGによるコスト削減以外の効果はほとんどないのです。
3DCGを使っても、結局できたものは「手書きアニメの劣化版」となってしまいがちです。3DCGがアニメ業界になかなか普及しない理由は、こういった問題もあります。

 

 

テクスチャの問題

最後にテクスチャの問題です。3DCGでは立体(ポリゴン)の上にテクスチャというものを貼り付けていきます。これは模様などです。
たとえば顔の立体を作った後、顔面に目のテクスチャを貼り付けていきます。つまり顔面という立体物に、目というシールが貼り付けてあるような感じです。

 

これはこれで上手くいくのですが、特に顔面で微妙な問題が生じます。

 

アニメ調キャラクターの目や口は、正面と横向きで矛盾している場合があります。何かというと、たとえば閉じた口を描く場合、真横から見ると唇の輪郭がはっきり見えます。
これを真正面から見ると、下唇のすぐ下にその陰影ができます。これは手書きアニメでは見えません。

 

また閉じた口の輪郭線は、よくある表現では口の中央辺りでは輪郭線が消えていることがあります。こういう独特の表現は、コンピューターは自動で輪郭線を検出できません。コンピューターに自動で線を描かせると、口の輪郭線はすべてはっきり引かれます。

 

3DCGで、こういう矛盾を修正する方法もあります。たとえば正面から見た場合だけ、口の輪郭線を消す、などです。自動で中央の線だけ消させたり、あるいは出来上がったたくさんの静止画を1枚1枚輪郭線を消していくとか、とにかくできないことはありませんが、膨大な時間を消費することもあります。

 

しかし場合によっては、時間が足りず、手書きのような微妙な表現が再現できなかったりします。

 

 

なぜ3DCGは手書きアニメより見た目が悪いのか

すべての3DCGアニメが手書きアニメより面白くないとはいいませんが、世間では割と3DCGのアニメというのは、受け入れがたい表現になっているようです。
その原因として、今までに述べたfpsの問題、線、色、陰影の表現の問題など、結果としてはどうしても「既存の手書きアニメをいかに再現するか」にこだわることが多いため、3DCGは手書きアニメにはかなわない、手書きアニメの劣化版、という状態になりがちなのです。

 

単に3DCGが手書きアニメに追いつこうとしているだけなのでこのような事態になってはいますが、もし「3DCGにしかできない表現」を追及し始めると、事態は変わってくるでしょう。
そういった新規なものは、すぐには世間には受け入れられないかもしれませんが、いずれはそれが主流な表現手法になっていくかもしれません。
3DCGは現在「手書きアニメの再現でコストを削減するため」だけに使われているかもしれませんが、いずれは別の表現が追及されていくかもしれないのです。

 

そういうものは商業アニメ会社がやるとは限らず、アマチュアのアニメ作家がやるかもしれません。

 

手書きアニメの再現では手書きにアニメにかなわないので「3Dは手書きに劣る」という評価が付くのかもしれませんが、3D独自の表現をどんどん追及していけば、また手書きとは別の作品ができるようになり、手書きよりも劣るとはいわれなくなるでしょう。

 

3DCGがつまらないといわれないようにするためには、3D独自の表現を追及していく必要があると思います。

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