できないという思い込みを訂正する
以前の章では「絶望」「無力」という状態があることを説明しました。
勉強自体が面白ければいいのですが、たいていは面白くありません。
こういうしんどいことをやるとき、いい結果が出ないと思い込んでいると、まずやる気が出ないものです。
勉強してもどうせ成績は上がらない、志望校に受からない、資格試験に受からないと思い込んでいるとき、勉強自体がしんどいのにやる気が出るでしょうか?
本当は勉強すれば成績が上がるのに、上がらないと思こんでいる場合があります。
勉強しても本当に成績が上がらないかもしれません。しかし上がるかもしれません。未来はわからないのです。
そんなときにできないと思い込み、それで可能性をゼロにしてしまうのはもったいないです。
それが実際にできるできないかはさておき、まずはできる、可能性はあると思って行動すべきです。
自分を死体だと思っている患者の例
これは実例なのですが、ある精神科医のところに、自分は死体だと思い込んでいる男性がやってきたそうです。
これは全く普通の心理状態ではなく異常な状態で、ふつうの人はまずこんなことにはならないでしょうが、思い込みに説得が通じないいい例なのでここで取り上げることにしました。
経緯はわかりませんが、この男性は自分を死体であると固く信じ込んでおり、食事もとらなければ働こうともしませんでした。
ただずっと座っているだけです。働くのはともかく、食事をとらないと人は死んでしまいます。
精神科医はこの男性の思い込みを治すため、ある思い切ったことを試しました。
「今からあなたの手の甲に針を突き刺します。死体は血を流したりはしませんから、もし突き刺したところから血が流れたら、あなたは死体ではありませんね?」
患者の男性は「その通りです」と答えました。
そして精神科医は、なんと患者の手の甲に、本当に針を突き刺したのです。
すると当然、針を刺した部分から血があふれ出してきます。
精神科医はここで、患者の男性が「血が流れているから私は死体ではなかったんだ!」というだろうと思っていました。
ところが意外な答えが返ってきました。男性は何と答えたでしょうか?
「私がさっきいったことは間違っていました・・・死体は血を流すんです!」
これは人間の「思い込み」というのが、説得だけでは通用しないといういい例です。
ありとあらゆる「できるはずの」証拠を目の前に持ってきても、それを信じることができないことがあります。
うつ病の患者ではそういうことが起こりやすく、何を言っても無駄、どれだけ明白な物的証拠、あらゆる説得を試みても通用しません。
一時説得がうまくいったかと思いきや、次の日にはまた「できない」とぼやき始めます。
こういった思い込みには、理屈以外の対処が必要です。
思い込みは理屈や説得だけでは治らない
この思い込みというのは、理屈が通じない場合がよくあります。
実のところ、思い込みというのは「気分」のようなものがかなり関係しています。
いい気分の時は、何でもできると思い込んだりします。
逆に気分が落ち込んでいるときは、どんなに理論的に可能なことを説明しても、その人はできると思い込むことができません。
これはうつ病の患者では特にはっきり表れます。うつ病にかかっていると、どう説得しても本人は「できる」とは思いません。
できるという「理屈(説得)」も必要なのですが、実はそれ以上に本人の気分的なものが重要なのです。
この章では、「主に生理的状態を変える」という方法を学んでいきましょう。
生理的状態とは難しそうな言葉ですが、要は気分をよくする、テンションを上げてやる気を出させようという試みです。
ただし気分だけではない
説得が通じないなら気分を変えることが必要だといいましたが、正確に言うと単にテンションを上げるだけとは少し違います。
テンションを上げるだけでもそれなりにやる気は出るのですが、「テンションが上がる = できると思い込める」というのは少し違うのです。
「できる」という思い込みは、大半が経験から得た知識です。
過去にそれができたりできなかったりしたので、そういう思い込みが出来上がった可能性が高いです。
あるいは他人ができないのを見て、自分もできないと思い込んでいるかもしれません。
できないという感覚は、言葉で説明するのは難しいのですが、体感的に身に着いた感覚イメージや、長年蓄積された自身に対するイメージなどが関係しています。気分だけですべてが変わるわけではありません。
これから説明していく方法は、過去に「できた」ときの感じを再現したり、または他人が「できた」ときの状態をできるだけ忠実に再現していくという方法です。