裏・桃太郎

昔々のお話……
このお話の元号……鬼歴1257年のこと。

 

小舟に何者かが乗っていた。
乗っている者は2人、いや2匹と呼ぶべきか。
船は海を渡り、陸へ向かっていた。2匹はある小さな村を目指していた。

 

??「なあ兄貴、あの村を攻めるのか?」
??「うむ。まずは火であぶりだすとしよう。お前はあちらを頼む」
??「おうよ!へっへっへ、さあ、暴れてやるぜ!」

 

その小さな村、そこには桃太郎という少年が住んでいた。
桃太郎は少々乱暴者だったが、正義感の強い少年だった。

 

さてある日、その村のはずれで犬が1匹、不良らしき少年たちに囲まれていた。

 

犬「わん、わん!」
不良A「うるせぇなこいつ……」
犬「わんわんわんわん!」
不良B「静かにしろや…おらっ!」

 

不良Bは犬を蹴り飛ばした。
不良たちが犬をいじめている理由は特にない。ただの憂さ晴らしであった。
犬は衝撃で吹き飛んでいく。

 

犬「わうーん!」

 

そこに偶然、桃太郎が通りかかった。
桃太郎とこの不良たちは顔見知りであったが、桃太郎はこのような弱い者いじめを見逃すことはできない性格であった。
桃太郎は不良たちに詰め寄った。

 

桃太郎「おい、やめろお前ら!」
不良B「ああ?なんだとコラァ!」
桃太郎「その犬を放してやれ!」
不良A「なんだ桃じゃねぇか、へっ!おめぇもいじめられてぇのか?」
桃太郎「その犬を放してやれっていってんだよ!」
不良B「このガキ…生意気なんだよ!」

 

不良Bは桃太郎につかみかかった。しかし……

 

桃太郎「ふん!」

 

桃太郎は不良Bの手を振りほどき、不良Bを持ち上げて投げ飛ばした!

 

不良B「うわぁっ!」

 

不良Bは飛ばされて地面にたたきつけられた。

 

桃太郎「弱い者いじめはやめろ!」
不良A「な、なんだこいつ…くそっ!覚えてろよ!」

 

不良たちは桃太郎に恐れをなして去って行った。
犬は桃太郎に近づいて言った。

 

犬「はあ……た、助かりました」
桃太郎「はっはっは、あんな奴ら俺の相手じゃねーって!」
犬「本当に助かりました。ありがとうございます!」
桃太郎「もうあいつらには近づくんじゃねーぞ?」
犬「はい。ん?クンクン……クンクン……」

 

犬が礼を言い終わるのを待つ前に、犬は突然何かに気付いたようであった。
何かのにおいをかぎつけたようである。

 

桃太郎「ん、どうした?ウンコでも落ちてるのか?」
犬「……いえ、向こうから邪な匂いが……うん、気のせいではありませんね」
桃太郎「向こう……ん?なんだ……焚き火……じゃないよな?」

 

においのする方を見ると、村の家が集まっているところで煙が立っている。

 

犬「火事……のようですね?」
桃太郎「ようですね……じゃねーよ!大変だ!」

 

桃太郎と犬が村に戻ると、村のあちこちで火事が起きている。
明らかに不自然だった。何が起きたのか?

 

桃太郎「(みんな倒れてる?……な、何があったんだ?)」

 

桃太郎の家も燃えていた。
桃太郎の家には桃太郎の祖父と祖母がいるはずだった。
桃太郎は家の中に入っていった。

 

桃太郎「じいちゃん!ばあちゃん!」
おじいさん「も、桃太郎?来てはならん!逃げなさい!」

 

何者かがおじいさんの服をつかみ、おじいさんを持ち上げていた。
それは人間ではなかった。恐ろしい顔をし、屈強な赤い肉体を持ち、そして頭に角の生えた赤い鬼であった。

 

赤鬼「おとなしく米を渡せば……命までは奪いはせぬ」
おじいさん「桃太郎!逃げろといっておる!」
赤鬼「どかぬなら力ずくでいただくとしようか……」
桃太郎「お、おまえっ!じ、じ、じいちゃんを離せっ!」

 

桃太郎はそう叫ぶが、赤鬼は全く動じる気配がない。
それどころか赤鬼は、桃太郎を相手にしてさえいない風だった。

 

赤鬼「……」
桃太郎「(な、なんだ……足がブルっちまって立っていられねぇ……びびってんのか、俺?)」
赤鬼「どうしても渡さぬか、ご老人?」
おじいさん「この米はワシらの命も同然!死んでも渡すか!」
赤鬼「では、死ぬがよい」
桃太郎「(じ、じいちゃんが殺される!だ、だめだ、身体が動かねぇ!なんで動けねぇんだよぉ!)」

 

桃太郎は恐怖していた。赤鬼はそれほどに恐ろしかった。
赤鬼がおじいさんを床にたたきつけると、おじいさんは血を吐き、やがて動かなくなった。

 

おじいさん「ぐふっ……」
赤鬼「では失礼する」

 

赤鬼は米俵を持ち、桃太郎の家から出ようとした。
桃太郎は必死で、腹の底から声を振り絞って叫んだ。

 

桃太郎「ま、ま、待ちやがれっ!」
赤鬼「……」
桃太郎「いつか……てめぇ……ぶっ殺してやる!覚えてろよ……!」

 

だが赤鬼は全く動じない。

 

赤鬼「……己が弱さを恥じよ。小僧」
桃太郎「こ……この……この!」

 

赤鬼は行ってしまった。
幸い、おばあさんは無事だった。桃太郎は心底ほっとした。
が、おじいさんはすでに死んでいた。

 

その後わかったことだが、赤鬼の目的は村の米、つまり食糧であった。
村の者の多くは米を出すように脅されて米を手渡したので、殺されはしなかった。

 

だが村では最近食糧が不足していたため、言われるままに米を渡していれば餓死者が出る。
それを案じて米を渡さなかった者もいたが、彼らはみな鬼に殺されてしまった。

 

殺された者たちの弔いを終えた後、桃太郎は鬼たちを倒すための旅に出ることにしたのだった。
祖父と殺された村の者たちの敵討ちの旅である。

 

桃太郎「……」
おばあさん「どうしても行くのかい、桃太郎?」
桃太郎「ああ……じいちゃんの仇を討つまでは帰らねぇ」
おばあさん「気を付けるんだよ……」

 

桃太郎が旅に出ようとすると、桃太郎が不良たちから助けた犬がついてきた。
どうやら犬も桃太郎と一緒に旅がしたいようだ。

 

犬「あの……僭越ながら私も……」
桃太郎「お?おう、いいぜ。こちらこそよろしく頼む」
犬「あ、ありがとうございます!桃太郎さまにお力添えできるよう、わたくし誠心誠意尽くして……」
桃太郎「(はー、頼んねぇなぁ……ま、いっか。仲間は多いほうがいいだろ)」
桃太郎「よっしゃ!桃太郎御一行っ、鬼退治に出発だぜ!」

 

こうして桃太郎たちの旅は始まった。

 

桃太郎と犬は村を出て、まずは村の西へ向かった。そこには町があった。
桃太郎と犬は、この町のある男を訪ねてきたのだった。

 

その男は刀の研究をしているという物好きな男で、このあたりでは有名だった。
桃太郎と犬はこの男の屋敷の前に立っていた。

 

桃太郎「さて、行くぜ?」
犬「この家に何の用事があるんです?」
桃太郎「ここに刀好きのオッサンがいるらしくてな、なんでもこの世にはどんなヤツでも倒せる伝説の刀っていうのがあるらしいんだ。それのありかを聞きに行くんだよ」
犬「伝説の刀でどうするんです?」
桃太郎「決まってんじゃねぇか、それで鬼の野郎をブッ倒すんだよ!」

 

この世界に伝わる有名な話……

 

「世界に災いが訪れるとき、伝説の刀を持つ勇者が現れ、世界を救う」

 

そんな話があった。
それが本当の話なのかどうかはわからないが、桃太郎はその刀が本当に存在し、それで世界を救えるのだと小さいころから信じていた。

 

桃太郎は屋敷の門をたたいた。

 

桃太郎「すんませーん!伝説の刀について聞きたいんですけどー!?」

 

しばらくすると中から男が出てきた。不精髭の生えた、しがない浪人といった風情だった。

 

浪人「なんだお前は?」
桃太郎「伝説の刀について聞きたいんだ」
浪人「そんなものを聞いてどうするつもりだ?」
桃太郎「じいちゃんの敵を取るんだ!伝説の刀で……」
浪人「敵討ち?あー帰れ帰れ。ガキのつまらん遊びに付き合ってるヒマはない」

 

浪人は桃太郎の話を本気に受け止めていないようだった。
浪人は門を閉めようとしたが、桃太郎は取っ手を押さえてふんばった。

 

桃太郎「遊びじゃねえんだ!鬼の野郎をブッ倒すまでは帰れねぇんだ!頼む、教えてくれ!」
浪人「……鬼?」

 

鬼という言葉が浪人を引き止めたようだった。

 

浪人「何のことだ?鬼を倒す?」
桃太郎「そうだ!あんた知らないか?村が鬼に襲われたって話。俺はそこから来たんだ!」
浪人「東の村で米が強奪されたという事件は聞いたが……鬼とは何のことだ?」
桃太郎「だから……鬼だよ!でっけぇ角の生えた鬼が現れて村を襲って米を奪っていったんだ!嘘じゃねぇ!」
浪人「……」

 

浪人の表情が変わっていく。浪人は明らかに動揺していた。
浪人はしばらく考え込んでいたが、やがて桃太郎に向き直ると、厳しい口調で言った。

 

浪人「だめだだめだ!刀のことは教えてやれん!帰れ!」
桃太郎「な、なんでだよ!それくらい教えてくれてもいいだろ?」
浪人「だめだ!帰れ!」
桃太郎「頼む、じいちゃんが殺されたんだ!このまま黙って引き下がるわけにはいかねぇ!」
浪人「ぬう……」

 

浪人も桃太郎があまりにしつこくせがむので、少し考えているようだ。

 

浪人「身内を亡くしたのは不幸だが……敵討ちなど考えずに平和に暮らしたほうがよい」
桃太郎「そんな悠長なことはいってられねぇよ!あいつらはそのうちまた別の村を襲うに違ぇねぇ!やっつけなきゃいけないんだ!」
浪人「そうはいってもな……鬼丸のありかはワシも正確に知っているわけではない。秘伝書に書かれておるだけだ……」
桃太郎「鬼丸っていうのか、その刀?それに……秘伝書?」
浪人「そうだ。秘伝書には鬼と鬼丸のことについて書かれているが……お前、鬼と見たといったな?」
桃太郎「ああ、3メートルくらいの化け物だった!本当なんだ!」
浪人「小僧……いっておくが、刀を手にすれば誰でも鬼に勝てるというわけではないぞ?それ相当の力がいるというものだ」
桃太郎「力は……あるさ!」
浪人「ではその証拠でも見せてもらおうか……そうだな、どんな方法でもかまわん。ワシに一撃食らわせてみろ」

 

そういうと浪人は、家の中から1本の木刀を持ってきて桃太郎に渡した。

 

桃太郎「これであんたを一撃すればいいのか?」
浪人「そうだ。もう始まっているぞ?ほれどうした、かかってこんか?」
桃太郎「こ、このヤロ……遠慮しねぇぞ?」

 

桃太郎が浪人に飛びかかると、浪人はいともたやすく桃太郎の攻撃をかわし、桃太郎に足払いを食らわせた。
桃太郎は派手に転倒する。

 

桃太郎「い、いってぇ……」
浪人「どうした?あきらめるか?」
桃太郎「そ、そんなわけねぇだろ!いくぞ!」

 

しかし桃太郎がどんなに攻撃しても、浪人にはかすりもしなかった。
完全に太刀筋を読まれており、浪人には手も足も出なかった。

 

浪人「だめだ、話にならぬわ……ワシに勝てんようで鬼になど勝てるか、アホが!」
桃太郎「く、くそう……」
浪人「わかったか?もう敵討ちなど忘れて静かに暮らせ」
桃太郎「その……一撃食らわせるってのは……いつまで有効なんだ?」
浪人「まだやる気か……そうだな、じゃあ明日までだ。それまではいつでも付き合ってやろう」

 

浪人はそういうと、門を閉めてしまった。

 

犬「も、桃太郎さま……」
桃太郎「くそ……あのオッサンとんでもなく強ぇぞ?鬼ってのはそれよりももっと強いってのか?」
犬「どうします、桃太郎さま?」
桃太郎「あきらめるわけにはいかねぇ……鬼を倒すにはとにかく伝説の刀が必要なんだ。なあ犬、あのオッサン言ってたよな?どんな方法を使ってもいいって」
犬「ええ……何か妙案が」
桃太郎「……」

 

その夜。
桃太郎と犬は、浪人の家に忍び込んだ。
門を飛び越え、屋根裏に忍び込み、浪人の寝室の天井裏にまで到達した。

 

犬と桃太郎は小声で話した。

 

犬「こ、これではまるで夜討ちではありませんか!」
桃太郎「しかたないだろ!真正面から突っ込んで勝てるかよ!?」
犬「いくらなんでもこれは人に道に反するのでは…」
桃太郎「お前、鬼を倒して世界を救うのと人の道を守るのとどっちが大事なんだよ? 」

 

ギシッ!

 

桃太郎が興奮した拍子に、木のきしむ音が出てしまった。

 

浪人「……!なにやつ!?」
桃太郎「し、しまった!」

 

音で浪人に気づかれてしまった。

 

浪人「そこに誰かいるな?出て来い!」
桃太郎「くっ……どああああっっ!!」

 

桃太郎は天井裏から浪人の部屋に飛び降りた。

 

浪人「ぬっ!?き、きさま昼間の?」
桃太郎「おりゃぁっ!一本もらうぜっ!」
浪人「こ、こんな時間に……めちゃくちゃなヤツだ!」
桃太郎「どんな方法でもいいって言ったのはあんただろ!」
浪人「そういう意味でいったのではない!」

 

その間、部屋を探していた犬が秘伝書を見つけ出した。
犬は秘伝書をくわえて言った。

 

犬「桃太郎さま、秘伝書を見つけました!」
浪人「な……これ、犬。それを離さんか!」
桃太郎「よ、よし……犬、逃げるぞ!」

 

桃太郎と犬は急いで浪人の屋敷から逃げ出した。

 

浪人「こら、待て!待たぬか!」
桃太郎「すまんおっさん!後で絶対返しに来るから!」
浪人「待て!それはまずいのだ……鬼丸を探してはならん!あれはな……!」

 

桃太郎と犬は町のはずれまで走って出た。

 

桃太郎「はぁ、はぁ……ここまで来たらもう追って来れないだろ……」
犬「はあ、はあ……」
桃太郎「やっぱ……まずかったかな?」
犬「しかたありません。こうするしかなかった……」
桃太郎「そ、そうだよな?俺たち間違ってないよな?」
犬「ええ、たぶん」
桃太郎「よし、それじゃさっそく鬼丸のありかを…どれどれ?」

 

桃太郎は秘伝書を開いてみた。
だがその内容は、桃太郎の想像とは全く違うものだった。
秘伝書には、鬼と鬼丸をめぐる史実が歴史の記録のように淡々と書かれているようだった。
しかもその記録はまったく具体的ではなかった。

 

「鬼歴435年、鬼丸を以て鬼を退治す。その後勇者の行方知れず」
「鬼歴672年、鬼丸を以て鬼を退治す。その後勇者の行方知れず」
「鬼歴895年、鬼丸を以て鬼を退治す。その後勇者の行方知れず」
「鬼歴1023年、鬼丸を以て鬼を退治す。その後勇者の行方知れず」
「鬼歴1197年、鬼丸を以て鬼を退治す。その後勇者の行方知れず」

 

最後に「その後鬼丸を東の山に奉る」

 

と書いてあった。

 

桃太郎「なんだこりゃ……鬼が倒された年代しか書いてねぇ……」
犬「……」
桃太郎「まあいい!鬼丸の場所さえわかりゃ十分さ!東の山だな?あそこは確か戦いの神を奉ってるとかいう山だ。なるほど、あそこにあったのか……よしいくぜ!」

 

桃太郎が行こうとすると、犬は引き止めて言った。

 

犬「桃太郎さま、ちょっと気になることが」
桃太郎「なんだ?」
犬「この鬼が退治されたという年代です」
桃太郎「ああ、435年とか672年とかに鬼が出てきたんだろ?なんか定期的に出てくるのな、こいつら」
犬「435年と895年と1023年は世界中に飢饉が訪れた年ですよ!たしか435年は火山の噴火による冷害、ほかはひどい干ばつとかで、餓死者が大量に出たとか」
桃太郎「ああ、そうだっけか……」
犬「そうだっけって……桃太郎さま、歴史の勉強くらいしておいてくださいよ」
桃太郎「知らねえよ。飢饉ってことは食い物が不足したってことだよな?残りの672年と1197年もそうだったのか?」
犬「この2つは違います……いや待てよ?」
桃太郎「なんかあったか?」
犬「672年は北の町で大津波があった年です!1197年は……大地震の年です!いずれもやはり大量の死者が出ました……」
桃太郎「ふーん……つまり……」

 

大災害の起きた年と鬼の発生した年が同じである。

 

桃太郎「世界に災いが訪れるとき伝説の刀を持つ勇者が現れ世界を救う……ってのは本当だったんだな」
犬「いやそれはおかしいですよ。世界に災いって、自然災害じゃないですか?それなのになぜ『鬼丸を以て鬼を退治する』なのでしょう?」
桃太郎「そういやそうだな。もしかして鬼の野郎どもが災害を発生させたとかか?」
犬「違いますって!いくら鬼でも津波や地震を引き起こしたりはできないですよ!」
桃太郎「じゃあ……なんだ?」
犬「ただのたとえ話……だったりして?災害を鬼に見立てて、災害の解決を鬼の退治と例えただけとか?」
桃太郎「んなわけねぇだろ!俺たちはちゃんと鬼を見ただろうが?あの怪物!」
犬「そうですね……」
桃太郎「偶然か?たまたま災害が訪れたときに鬼が発生しただけ?」
犬「偶然とは思えません、この一致。どう見ても災害と鬼の発生は関係があります」
桃太郎「じゃあ……なんだってんだよ?」

 

桃太郎と犬は、災害と鬼の発生について考えていたが、答えは出そうにもなかった。

 

桃太郎「おい、今年はどうなんだ?俺らの村に鬼がやってきたが、この世のどこかで災害でも発生したか?」
犬「ずっと西の村では冷害が続いて、ひどい米不足になり、たくさんの餓死者が出たと聞いております」
桃太郎「災害は起きていたのか……そして鬼が現れた」
犬「ええ」
桃太郎「じゃあ……災害が起きたときに、どこからともなく鬼がやってくる?」
犬「そういうことになりますね」
桃太郎「なんでだよ?」
犬「まったくわかりません」

 

鬼はどこからやってくるのか?
なぜ自然災害が起きたときにやってくるのか?

 

犬「さらにもう一つ……気になりませんか?この『その後勇者の行方知れず』っていうの」
桃太郎「ああ、鬼を倒した勇者がどっか行っちまったってことだな?」
犬「そうです。いったいどこへ行ったのか……」
桃太郎「有名人になったから居づらくなったんだろ?なんかいろいろ面倒があったりよ」
犬「そんな単純な理由ですかね……」
桃太郎「世界を救った勇者なんだからな、神の国にでも招待されたんじゃねぇか?」
犬「神様なんているわけない……」
桃太郎「お前な……まあいいや」
犬「まあいいや、じゃありませんよ桃太郎さま!もし桃太郎さまが鬼丸で鬼退治したなら、桃太郎さまが勇者となり、その後行方不明になるってことじゃないんですか?この巻物によれば!」
桃太郎「俺は行方不明になったりしねぇよ。鬼退治が終わったら村に帰ってばあちゃんと暮らすんだ」
犬「心配なのです、桃太郎さまのことが……この歴代の勇者たちはどこへ行ったのか?もしかして……戻りたくても戻れなかったんじゃないのか、と」
桃太郎「そんなことは鬼をブッ倒してから考えりゃいいだろうよ。まずは鬼を倒さなきゃ始まらねぇだろうが。鬼に殺されたら行方不明もクソもねぇだろ?」
犬「まあ……そうですけど……」
桃太郎「考えてもしょうがねぇ、とにかく鬼丸があるっていう東の山に行くぜ?」

 

桃太郎と犬は東の山へ向かった。

 

犬「桃太郎さま、東の山といえば猿が数多く生息していると聞きますね。群れを成して襲いかかってくるかもしれません」
桃太郎「猿かよ……この木刀でブン殴るかな」

 

浪人にもらった木刀が桃太郎の唯一の武器であった。

 

やがて桃太郎たちが東の山に入ると……

 

??「お前ら、何してる!」

 

桃太郎「なんだ?」
犬「桃太郎さま、あれを!」

 

見ると、樹木の太い枝に一匹の猿がぶら下がっており、こちらをにらんでいる。

 

桃太郎「うお?マジで猿がいやがる……」
犬「わん、わん!がるるぅ……」
猿「よそ者は出て行け!」

 

猿は桃太郎に向かって飛びかかってきた。
だが桃太郎は攻撃をかわした。

 

桃太郎「おっと、まあ落ち着けって。ケンカは嫌いだぜ」
猿「クキキ……出ていけ!」

 

桃太郎は猿に話しかけた。

 

桃太郎「おいお前、鬼丸って刀、知らねぇか?」
猿「鬼丸……だと?」

 

鬼丸、という言葉を聞いて、猿は攻撃姿勢をやめて立ち直った。

 

桃太郎「それもらったらすぐ帰るからさ。悪かったよ、縄張りに入っちまってよ」
猿「……死にたくなかったら帰れ、バカが」
桃太郎「ば、バカだとぉ?てめ、せっかくあやまってやってんのに……」
猿「……あそこ見てみろ」

 

猿は山の頂上を指さした。

 

桃太郎「……え?」
猿「山のてっぺんに突き刺さってるだろう。見えるか?」

 

山の頂上を見ると、遠くで見えづらいが刀らしきものが地面に突き刺さっているようだった。

 

桃太郎「は?……ん、まさかアレかよ?鬼丸って?」
猿「……ついてきな」

 

猿は山道を歩きだした。どうやら鬼丸のところまで案内してくれるようだ。

 

桃太郎「すまねぇな、道案内までしてくれるとはありがたいぜ。お前、いいヤツだな!」
猿「……何が目的だ?あんなものをどうするつもりだ?」
桃太郎「鬼退治さ!じいちゃんと村の殺されたみんなの敵をとる!」
猿「鬼……」
桃太郎「あの鬼丸がないと鬼は倒せないらしいんだ」
猿「そいつはご苦労だな……だが簡単にはいかねぇぜ?」
桃太郎「なんでだ?」
猿「……」

 

桃太郎たちは山の頂上に到着した。
そこにはたくさんの猿たちがいた。どうやらここで群れを作って生活しているようだ。

 

その中でひときわ大きく、しかも凶暴そうな猿がいた。この群れのボス猿だった。
猿はボス猿に桃太郎と犬を紹介しようとした。

 

猿「……ボス、ただいま帰りました」
ボス「ただいま、じゃねぇ。なんだそいつらは?」

 

ボスは機嫌が悪そうだった。

 

猿「客人です。『鬼丸』を一目見たいそうで……」

 

猿がそう言い終わらないうちに、ボス猿は猿を激しく殴り飛ばした。

 

猿「ぐはっ!?」
ボス「おい……誰が縄張りによそモン入れていいって言った?ん?」

 

ボス猿は再び猿を殴りつけた。

 

猿「くっ……うあっ!」
桃太郎「おい、やめろ!」

 

ボス猿は桃太郎のほうを向いて言った。

 

ボス「……人間、鬼丸を見たいそうだな?」
桃太郎「いや、見るだけじゃなくてほしいんだ。それだろ?鬼丸って」

 

桃太郎は地面に突き刺さっている刀を指さした。

 

ボス「……お帰り願おう。これは渡せん」
桃太郎「鬼退治が終わったら返しにくるよ。それならいいだろ?」
ボス「そんなにほしいか?」

 

ボス猿は鬼丸に近づき、鬼丸を地面から引き抜いた。そして……

 

犬「桃太郎さま、危ない!」
桃太郎「え?」
ボス「ふん、死ね!」

 

ボス猿は鬼丸を持って桃太郎に切りかかってきた。

 

桃太郎「うぐぁっ!?」

 

桃太郎はとっさに木刀で攻撃を防いだが、あまりのパワーに吹き飛ばされてしまった。
そして桃太郎は気を失った。

 

………
……

 

桃太郎「ぐ……ん?ここは?」

 

気が付くと桃太郎は、洞窟の中にいた。

 

猿「ふん……タフなやつだ。まだピンピンしてやがる」
犬「死んだかと思いましたよ、よかった……」

 

どうやらボス猿は桃太郎を死んだと勘違いしたようだった。
それで死んだ桃太郎を捨ててこいと、猿に命令したのだった。
だが桃太郎が死んでいないことを知った猿と犬は、ここで桃太郎の傷の手当てをしていたのだった。

 

桃太郎「すまねぇお前ら……」
猿「ケッ!おめぇならボスをやれるかと思ったんだがな……とんだ買いかぶりだったぜ……」
犬「あ、あのときは不意を突かれたからやられたんです!桃太郎さまは本当は強いんです!」
猿「おめぇもこんな弱っちぃご主人とよく連れ添ってるもんだ」
犬「桃太郎さまは弱くない!」

 

犬と猿のケンカが始まりそうだった。

 

桃太郎「なあ猿、お前……あのボスとは仲が良くなさそうだな?」
猿「……クズさ。まさに」
桃太郎「ボスがか?」
猿「ヤツはな……鬼丸の力を利用してボスに上り詰めた。そして暴力でほかの猿たちを絶対服従させ、食料も女も独り占めさ。俺たちはヤツの欲望を満たすために生きているようなもの……」
犬「隙を見てボスから鬼丸を取り上げればいいのでは?」
猿「ヤツは四六時中鬼丸と一緒に過ごしてるから手が出せねぇんだ。それに鬼丸ってよ、何でも人間の世界じゃ鬼でも倒せる伝説の刀だそうじゃねぇか?そんなおっそろしいモン持ってるやつに逆らえねぇよ……」
犬「確かに……」

 

桃太郎は、あのときボスの攻撃を防いだ木刀を手に取って見た。
木刀には鬼丸の攻撃の傷跡があったが、それほど深くはなかった。
少なくとも、とてつもない切れ味を持っているとか、そういうものではなさそうだった。

 

桃太郎(鬼丸の切れ味……こんなものか?あのときとっさに木刀で防いだが、伝説の刀っていうくらいなんだから木刀ごと俺の首を切断できそうなもんだ。でも……)

 

猿「おめえらならボスを倒せるかと思ったんだがな……やはり鬼丸の力には勝てねぇか……」

 

桃太郎(何か超常的な力でもあるかと思ったが、そんなものはなさそうだ。鬼丸ってのはいったい……)

 

猿「おい、聞いてんのか、桃太郎!」

 

突然桃太郎は立ち上がった。

 

桃太郎「おい犬、猿、行くぜ……ボスの野郎をブチのめす」
犬「桃太郎さま!」
猿「なんだと?おめぇ……ボスに勝てるとでもいいたいのか?」
桃太郎「ああ、勝てる!」
猿「なんだと!?ヤツの力はさっき見ただろう!」
桃太郎「あの時は不意を食らったからやられただけさ。……それにヤツは鬼丸さえなければ大したことはなさそうだ。刀を何とかしてヤツの手から奪う!」
猿「刀を奪うって、どうやって……それにな……アイツは刀がなくてもかなり強ぇんだよ!俺でも普通に勝てねぇんだぞ!?」
桃太郎「だったら3人で戦えばいいだろ。なんのための仲間だよ?」
猿「そ、そいつは確かに……いや、おめぇ喧嘩ってのはタイマンが基本だぜ?」
桃太郎「そんなことよりも鬼退治のほうが大事なんだよ。お前もこのままヤツの下僕のままでいいのかよ?」
猿「……」
桃太郎「いくぜ、犬、猿。ヤツを見つけ出してぶっ飛ばしてやる」

 

すでに夜になっていた。
そのころボス猿は、地面に突き刺さった鬼丸を見て、一人眠りにつこうとしていた。

 

ボス猿「よりによってこんなところに人間が来るとは……」

 

ボス猿は鬼丸を見ながらつぶやいた。

 

ボス猿「この武器をちらつかせれば、猿どもは恐怖しておとなしくいうことを聞くが……しょせんはただのデカい刃物。人間の世界では伝説の刀だそうだが、ワシにはとてもそうは思えん」

 

ボス猿は鬼丸を地面から引き抜き、手に取った。

 

ボス猿「よく見れば小さな刃こぼれもしている……これが伝説の刀だと?笑わせる」
??「おりゃあああっ!!」

 

ガッ!!

 

次の瞬間、突然ボス猿は吹っ飛ばされた。

 

ボス猿「ぬうっ!?なんだ!?」

 

それは桃太郎だった。桃太郎はボス猿から鬼丸を奪った。

 

桃太郎「よっしゃ、刀はもらったぜ!」
ボス猿「なあっ!?き、貴様いつの間に!?」

 

桃太郎は鬼丸を猿に渡した。

 

猿「……え?」
桃太郎「猿、これ持ってろ。おいボス、俺はできるだけ汚ねぇ手は使いたくねぇ。剣なしでタイマン勝負だ!」
猿「なんだと……おめぇさっき3人で戦うって……」
桃太郎「気が変わったぜ。こいつは1対1でブチのめす!」
猿「よせ!やられるぞ!」
ボス猿「…バカめ!素手で勝てると思うか?ふん!」

 

ボス猿は桃太郎に殴りかかってきた。

 

桃太郎「おっと」

 

桃太郎は攻撃をかわした。

 

ボス猿「死ねィ!」
桃太郎「遅ぇよ……おらっ!」

 

再びボス猿は殴りかかってきたが、桃太郎はまたもボス猿の攻撃をかわし、さらにボス猿の腹に拳の一撃を食らわせた。

 

ボス猿「ぐおっ!?」

 

ボス猿はよろめいた。

 

桃太郎「やっぱりな……おめぇ、刀がなけりゃ大したことねぇな」
ボス猿「な、なんだとぉ!?たかが人間がぁっ!!」
桃太郎「聞いた話じゃ、おめぇ仲間たちの女や食糧を独り占めしてるそうじゃねぇか?戦いの修行もせずにそんな生活してりゃ、誰だって弱っちまうぜ?」
ボス猿「くっ……ば、ばかな?」

 

ボス猿は桃太郎にさらに殴りかかってくるが、攻撃がまるで当たらない。

 

桃太郎「おめぇ腹も出ちまってるしよ……怠けすぎだ。勝負になんねぇな。もうやめろ、俺はほんとはケンカは嫌ぇだ……ん?」
犬「わぅっ!?」

 

ボス猿はすばやく犬の首をつかみ、そして犬を持ち上げた。

 

ボス猿「動くな!動くとこいつの喉を握りつぶすぞ!」
桃太郎「て、てめぇっ!」
ボス猿「怠けていたとはいえ、こいつの喉を握りつぶすくらいの力はあるわ!さあ刀を渡せ!」
桃太郎「くっ……しかたねぇ、猿!刀を……」
猿「くそっ!ボスの野郎、人質を取るなんて……どこまで腐ってやがるんだ!」
ボス猿「刀をそこに置け、猿!」

 

猿が鬼丸をボスの目の前に置こうとした、そのとき……

 

犬「がうっ!」

 

犬がボス猿の腕に激しくかみついた。
それでボス猿は動揺し、犬を離してしまった。犬はボス猿から逃げ出した。

 

ボス猿「こ、このクソ犬があっ!」
桃太郎「猿!刀を!」
猿「よ、よし!」

 

猿は桃太郎に鬼丸を手渡した。
しかしボス猿はその隙を見て桃太郎に飛びかかってきた。

 

ボス猿「おのれ人間、死ねィ!」
桃太郎「うわぁぁっ!」

 

桃太郎は無我夢中で鬼丸を突き出した。そして……

 

ボス猿「……」
桃太郎「……」
ボス猿「ぐふっ……」

 

鬼丸の刃がボス猿の心臓を貫いていた。

 

桃太郎「か……勝った……のか?」
ボス猿「お、おのれ人間……」

 

刃が刺さったボス猿の傷口から大量の血があふれてきた。

 

桃太郎(……!血が……す、すげぇ量だ…!)
ボス猿「む、無念……」

 

ボス猿は倒れた。

 

桃太郎(や、やっちまった……俺が……殺した……)

 

猿「うおおおお!!桃太郎!あんたすげぇ!本当にボスを倒しちまうとは!惚れたぜ、俺をアンタの家来にしてくれ!」

 

桃太郎(殺すつもりはなかったのに……こいつを殴り倒して、鬼丸が手にはいりゃそれでよかった……)

 

犬「げほげほ……桃太郎さま、やっぱりすごい!」

 

桃太郎「……」
猿「おい……どうした、桃太郎?次は鬼退治だぜ!」
桃太郎「ん?ああ……そうだ……そうだな……鬼退治にいかなくちゃな……」
猿「ああ!こりゃでけぇ仕事だぜ!よし、気合入れて行くとするか、なあ桃太郎!」
犬「桃太郎さまはきっと世界を救うため、神様が天から使わせてくださった勇者なのでしょう!さあ、行きましょうか!」
桃太郎「ああ……行くか……」

 

その後桃太郎たちは、鬼たちは「鬼岩島(きがんとう)」という島にいる、という情報を得た。
最近、この島からときどき鬼たちが船で陸へ渡ってきて、陸の村や町で食料などを強奪していくという。
陸の人間たちも鬼たちの悪行には困り果てていた。

 

鬼岩島の場所を突き止めた桃太郎と犬と猿は、陸から船で鬼岩島に渡ることにした。
その前夜、陸の町の宿で一泊することにした。

 

いよいよ明日は鬼たちとの決戦であった。

 

桃太郎「そういうわけだから、今日はゆっくり休んで体力を回復させておいてくれ」
犬「わかりました!明日はがんばりましょう!」
猿「おうよ桃太郎!アンタがいりゃ、鬼退治も楽勝だぜ!」

 

だがその夜、桃太郎はなかなか寝付けずにいた。

 

桃太郎「なんなんだ……この胸騒ぎは……」

 

桃太郎は秘伝書の内容が気になっていた。
鬼丸と鬼に関する秘伝書を手に入れ、さらに鬼丸そのものも手に入れたというのに、結局何もわかっていなかった。

 

自然災害と鬼の発生。
まるで津波や地震のような自然災害が発生すると、どこからともなく鬼が現れ、人々が襲われる……そんな不思議な史実。

 

そして以前、犬が気にかけていた「その後勇者の行方知れず」の意味。

 

桃太郎(よく考えたら……勇者っつっても普通の人間のはずだ。よくてどこかの国の兵士とかだ。それが鬼退治の後に行方不明になるって、どういうことだ?兵士なら元いた場所に戻ってまた兵士に戻るとか、英雄として武術を教えたり、よくて国の政治を任されるとか、いろいろ道はあるはずだ。それなのに歴代の勇者全員が行方不明だと?)

 

だが考えてもまったく答えは出てこなかった。

 

桃太郎(だったら……俺はどうなっちまうんだ?もし鬼を倒せたら……俺は……どうなるんだ?俺は村に戻ってばあちゃんと暮らす……はずだ。だがあの時犬がいったように……歴代勇者と同じように、行方不明になっちまうのか?なぜ?いや……そんなことになるはずがない。俺は村に帰るさ!)

 

桃太郎は鬼丸を鞘から引き抜いてみた。

 

桃太郎「普通の刀だ……」

 

伝説の刀、鬼丸。しかしどう見てもただの刀、そのあたりの侍が身に着けている刀と同じだった。

 

桃太郎(鬼たちはどこから来て、そして鬼を倒した勇者はどこへ行ったんだ?この鬼丸とどう関係があるんだ?)

 

鬼、鬼丸、勇者……

 

考えてもわからなかった。そして桃太郎はいつの間にか眠りについていた。

 

………
……

 

そして翌朝、桃太郎たちは船で鬼岩島に渡った。

 

犬「ついに着きましたね……鬼岩島!」
桃太郎「……ああ、そうだな」
猿「よし、鬼の野郎を探すぜ!」
桃太郎「ああ……」

 

なぜか桃太郎の返事には元気がない。

 

犬「桃太郎さま?どうかなさったのですか?」
桃太郎「……なあ、やっぱやめねぇか?鬼退治」
犬「も、桃太郎さま?それはいったいどういうことで……?」
猿「おいおい!じいさんの敵を討つんだろ?いまさら何言ってんだ!?」
桃太郎「なんか……怖ぇんだよな。いや、鬼が怖いんじゃなくて……なんだろ?」
猿「ああ?いまさらびびったとかいうんじゃねえだろうな?おめぇらしくもねぇ!」

 

桃太郎たちの間に微妙な空気が流れていた。
鬼退治の指揮をとっている桃太郎がこの調子では、鬼退治にも不安が出る。

 

桃太郎「……なあ犬、俺は人殺しなのか?」
犬「え?」
桃太郎「お、俺は……人殺しじゃないよな?な?」
犬「も、桃太郎さま……それは……」

 

突然、猿が指さして叫んだ。

 

猿「お、おい……あれはなんだ?」
犬「え?こ、これは……」

 

猿が指さしたところにあったものは、人間の死体だった。
しかも大量の死体だった。大量の人間の死体が、無造作に積み上げられていた。
その光景だけでもおぞましかったが、死体はすでに腐ってしまっており、すさまじい異臭を放っていた。

 

猿「くせぇっ!な、なんだこの匂い……」
桃太郎「死体の匂いだ……こんなにたくさん……」
猿「これも……鬼たちの仕業かよ!許せねぇ!」
桃太郎「ここにも人が住んでいたのか……でも鬼たちが……俺たちの村よりもひどい」

 

桃太郎は自分の村が鬼たちに襲われた時のことを思い出した。
あのときの恐ろしさ、あの時の怒り。

 

桃太郎「野郎……っ!」
犬「桃太郎さま!」
桃太郎「犬!猿!やはり鬼の野郎どもは許せねぇ!……ブチのめすぜ!!」
犬「はい!」
猿「おうよ、ようやくやる気になったな桃太郎!」

 

その時だった。
地面を揺るがすような足音が近づいてきた。

 

桃太郎「なんだ!?」
赤鬼「貴様ら…何をしにきた?」
桃太郎「お、おまえは……!」

 

そこにいたのは、赤鬼だった。
あのとき桃太郎の祖父を殺した赤鬼だった。

 

赤鬼「答えろ……何をしている!」
犬「こ、こいつが……」
猿「鬼……かよ!」

 

3メートルはあるかという巨体、そして頭部から生えた2本の角。
そして赤鬼は巨大な金棒を持っていた。
その恐ろしい姿は犬と猿をひるませたが……

 

桃太郎は自分の体がカッと熱くなるのを感じた。
次の瞬間、桃太郎は赤鬼に飛びかかり、鬼丸で激しく切り付けた。

 

桃太郎「うおおおおっ!!じいちゃんの仇っ!!」
赤鬼「ぬう!?なんだと?」

 

鬼丸の刃は赤鬼の金棒で防がれた。

 

桃太郎「忘れたとはいわせねぇぞっ!」
赤鬼「貴様……あのときの腰抜け小僧か!」
桃太郎「もう腰抜けじゃねぇ!食らえっ!」

 

桃太郎はさらに鬼丸で激しく攻撃した。
それは赤鬼をひるませた。

 

赤鬼「うおおっ!?……こ、これが人間の力か?信じられん……うごおっ!!」
犬「桃太郎さま……す、すごい!」
猿「勝てる……勝てるぞ桃太郎!」

 

そして桃太郎の一撃が赤鬼の金棒を、赤鬼の手から吹き飛ばした。

 

赤鬼「なんだと!?」
桃太郎「じいちゃんの敵、村のみんなの恨み……食らえっ!」

 

桃太郎が赤鬼にとどめの一撃を食らわせようとしたそのとき……

 

何者かが桃太郎の足をつかんだ。

 

桃太郎「うあっ!だ、だれだ……!?」
村人「や、やめてくれ……」

 

それはこの村の人間……鬼岩島に住んでいる普通の村人だった。
その村人は瀕死の状態で、うつ伏せで倒れていたが、力を振り絞って桃太郎の足をつかんだのだった。

 

桃太郎「あ、あんた、なにするんだ?離してくれ、今からこいつにとどめを刺す!」
村人「やめてくれ……赤鬼さまがいないとこの村は滅びてしまう……」
桃太郎「え……?赤鬼……さま?」
赤鬼「……」
桃太郎「ど、どういうことだ?あんたら鬼に村を滅ぼされたんじゃ……?」
赤鬼「その逆だ。我は村を荒らしに来る者を退けていただけだ」
桃太郎「な……バカな!でたらめいうな!じゃああそこに積みあがってる死体はなんだ!?」
赤鬼「よく見てみよ」

 

死体をよく見てみると、刃物や打撃によるもののような損傷はない。殺されたのではなかった。
死体はすべてやせ細っており、骨と皮だけになっていた。つまりすべて餓死者の死体であった。

 

赤鬼「お前の村を襲ったのは、この村の食糧を確保するためだ。すべてはこの村人たちのためにやったこと……」
村人「だ、だから頼む……赤鬼さまを殺さないでくれ……」
桃太郎「……」

 

しばらく沈黙が流れた。
だが……

 

桃太郎「勝手なこと……いってんじゃねぇよ!おまえらどっちみち食糧が尽きたらほかの村を襲うんだろ?」
村人「そ、それは……」
桃太郎「お前らの食糧が尽きたのはかわいそうだが……それでお前らは俺たちの村を襲った!そしてじいちゃんも村のみんなも殺された!お前らは自分が生き延びるためなら、殺してでも奪うんだ!善人ぶるんじゃねぇ!」
村人「……」
桃太郎「けっきょく自分たちさえよけりゃ、ほかのやつらなんてどうでもいいんだろ?ふざけんじゃねぇ!」
赤鬼「弱いから悪いのだ……」
桃太郎「な……んだと?」

 

赤鬼は再び金棒を手に取り、激しく桃太郎に殴りかかった。
桃太郎は鬼丸でその攻撃を防いだ。

 

赤鬼「そうではないのか桃太郎とやら!貴様は強いからこそ、ここまでこれたのだ!貴様が強いからこそ、仲間がついてきたのだ!違うか!!」
桃太郎「ク……ソが!」
赤鬼「その刀、ずいぶん血を吸っておるようだ。貴様の拳からも血の匂いがぷんぷんするわ!」
桃太郎「……ち、違う!俺は人殺しじゃない!」
赤鬼「我らは殺して奪った。だが貴様はどうかな?貴様は殺して奪ったことはないのか?」
桃太郎「う……」

 

桃太郎はボス猿との戦いを思い出した。

 

猿「桃太郎!ヤツの話を聞くな!今は勝つことだけ考えろ!」
赤鬼「我が貴様の村を襲ったとき、貴様は恐怖しておった。恐ろしい……死にたくない……死にたくない、とな!!」
桃太郎「今はもう腰抜けじゃねぇ!」
赤鬼「死にたくないから殺して奪う!!」
桃太郎「……!!」

 

桃太郎と赤鬼はいったん距離を置いた。

 

桃太郎(こいつは何を言ってやがるんだ……死にたくないから殺す?死ぬのが恐ろしいから、殺して奪った?)

 

鬼の口からこのような言葉が出たのは意外だった。
この恐ろしい姿をした怪物が、まるで弱い人間の気持ちをわかっているかのようだった。

 

桃太郎(鬼のくせに、死ぬのが怖いから殺して奪ったってのか?鬼ってのはもっとこう……死を恐れない、殺戮を好む凶暴な怪物じゃないのか?しかもこいつは鬼岩島の人間たちのために食料を確保して……こいつはまるで俺と同じ……はっ!?)

 

そのとき

 

桃太郎(あっ!……ああ……そんな……まさか……まさか……!!)

 

桃太郎は一瞬でひらめいた。そして長いこと考えていたすべての謎が一気に解けたのだった。

 

鬼はどこからやってきたのか?
鬼を倒した勇者はどこへ行ったのか?

 

だがその歴史が語った真実は、あまりにもむごく、絶望的だった。

 

桃太郎「てめぇ……」
赤鬼「……」
桃太郎「人間だったんだな……しかもてめぇが前の鬼を倒した……」
犬「え?」
猿「人間?そいつがか?人間が鬼になっただと?」
犬「それに……前の鬼を倒したとはいったい!?どういうことです、桃太郎さま!?」

 

一瞬、赤鬼は考え事をしているように見えた。
この残酷な怪物が、考え事をしているのは不自然だった。

 

桃太郎「お前はまだ人間の心を……」
赤鬼「案ずるな。覚えておらぬ」
桃太郎「なに?」
赤鬼「我は元は人間だったようだ。だがまったく覚えておらぬ。それは我が望んだこと」
桃太郎「望んで鬼になった?なんで!!」

 

赤鬼はニヤリと笑った。

 

赤鬼「人の心が残っていれば、殺して奪うことなどできぬわ!!」
桃太郎「て、てめぇっ!!」
赤鬼「我は望んでこうなったのよ!!そして桃太郎、貴様も我と同じ道を行くことになるのだ!」
桃太郎「!!」
赤鬼「貴様はもうできるではないか……殺して奪うことがな!!」
桃太郎「う、うるせぇ!うるせぇっ!!」

 

赤鬼は金棒を握りしめた。

 

赤鬼「我と貴様、勝者こそが歴史の真実となろう!来い!」
桃太郎「う……うおおおおお!!」

 

桃太郎と赤鬼は最後の一撃を放った。そして……

 

赤鬼の金棒は桃太郎のほんの少し手前で止まっていた。
それより先に、桃太郎の鬼丸が赤鬼の胸を貫いていた。

 

赤鬼「……ぐふっ!」

 

赤鬼は倒れた。勝ったのは桃太郎だった。

 

犬「や……やったーーっ!桃太郎さまが勝った!」
猿「うおーーっ!やっぱあんたすげぇ!勇者だ。英雄だ!」

 

赤鬼「ふ……ぐふふ……」
犬「な……まだ生きている?」
猿「桃太郎!とどめを刺せ!」

 

桃太郎は赤鬼に詰め寄った。

 

赤鬼「ふふふ……桃太郎よ、もう貴様は歴史の真実を知っておる。これから貴様がどうなるかもな!」
桃太郎「……」
赤鬼「ひとつ教えてやろう……その刀、鬼丸はただの普通の刀よ。お前が我を倒せたのは鬼丸の力によってではない。ただお前が成長し、より強靭に、より残酷になれたというだけ……お前はこの残酷な時代を生き延びるのに必要なものを得た、だから勝ったのだ」
犬「なぜ赤鬼が鬼丸のことを知ってる?……ま、まさかこの人は……やはり!?」
猿「かまうな桃太郎!とどめを刺せ!」
犬「桃太郎さま!!」

 

桃太郎「とどめだ……赤鬼!!」

 

桃太郎は赤鬼にとどめを刺した。
赤鬼は動かなくなった。

 

だが……

 

桃太郎の様子がおかしい。

 

桃太郎「ゥ…ウオオオオッッ!!」
犬「桃太郎さま?」
猿「桃太郎、どうした?」

 

桃太郎「……ォ……ォ……オオオッッ!!」
桃太郎「!!!!ッ……」

 

………
……

 

 

世界に災いがおとずれたとき
人々は食糧を求めて殺し合った

 

強い者は殺して奪い
弱い者は奪われて殺された

 

その殺し合いに勝利するために「鬼」になれた者だけが生き残った
その戦争に使われた刀が「鬼丸」だった

 

鬼丸を持って勝利した者は
「勇者」と呼ばれ歴史に刻まれた

 

 

………
……

 

桃太郎と鬼との戦いは終わった。

 

その後、桃太郎がどこへ行ったのか、知る者はいなかった。
だが世界で飢饉はまだ続いていた。

 

そして人々は再び、食料を求めて争っていた。

 

男「うわぁっ!」
女「ああっ!」
青年「と、とうちゃん、かあちゃん!」

 

男と女は殺された。殺したのは鬼だった。

 

鬼「……」
青年「こ……このやろう!よくもとうちゃんとかあちゃんを……ゆるさねぇ!」

 

青年が鬼に飛びかかろうとするが、鬼の持っていた刀「鬼丸」がすぐさま、青年の胸に突き刺さった。

 

青年「う……ぐはっ……ち、ちくしょう……ちくしょう!!」
鬼「……」
青年「おまえの……末代まで呪ってやる……呪ってやるからな……ぐふっ……」

 

青年は力尽きた。

 

 

おしまい

 

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作者コメント

 

15年前くらいに完成させたもの。制作時間は3時間くらいです。
さらに今回、ストーリーの根幹を見直して作り直しました。

 

●このお話のテーマ
ラストで出てきた鬼は桃太郎自身です。
そして桃太郎が倒した赤鬼は、前回の鬼退治で鬼を倒した勇者でした。

 

さて、このお話に出てくる桃太郎は、おとぎ話のような無敵の強さを持つ主人公ではありません。
残念ながら、初回の戦いでは鬼の恐ろしさにビビってしまい、何もできずに目の前で祖父を殺されてしまいます。実にリアルな反応。

 

そして勢いづいて旅に出るも、剣に関してはド素人の桃太郎はただの浪人にさえかないません。
現実の少年の力などそんなもの。おとぎ話よりも、リアルです。

 

でも勝たねばならない。勝たなければ今度こそ村を滅ぼされる。
きれいに勝負しても勝てないなら?何でもやるしかない。桃太郎は浪人をだまし討ちし、秘伝書を盗み出します。

 

そしてボス猿と赤鬼との戦い。これはもう、殺さなければ殺される極限状況。とどめを刺して間違いなく殺すしかない。

 

桃太郎の所業は、よく見てみれば鬼畜のごとき残酷さを持っています。
しかしこの時代背景は、飢饉が起きて食糧難の時代。悠長なことはいっていられません。

 

「かように苛酷な状況では、鬼にでもならねば生き残れぬ!」

 

桃太郎は心底ではそう思っていました。そして鬼になった。
そうならなければ生き残れなかったのです。ほかに道がなかったのです。

 

桃太郎は、自ら望んで鬼になりました。生き延びるために。

 

ところで人類が始まって歴史上、ほとんどの期間、人類は飢餓状態でした。現代のような飽食時代は今までになかったことです。

 

この「鬼」という性質は、飢餓状態の極限状態で起こってしまう。そしてそれは特殊な例外的状況のようなもの、と我々はとらえがちですが…
実は長い歴史で見るとむしろこちらのほうが平常状態であり、今のように平和で闘争心のない生活をしているほうが、生物としては例外ではないかと…
アフリカやアマゾンの動物たちを見ていて思うことがあります。

 

現在我々はほとんど飢えておらず、平和で安穏と暮らしており、それゆえに闘争心や恐怖心のような本能をあまり使わずに生きている。
もし天変地異が起きたりして今の人類すべてが突然極限状況になってしまったら?
普段から「訓練されていない」私たちは、はたして生き残ることができるのか?

 

そんな状況で生き残れる者がいるとしたら、このお話に出てくる赤鬼や桃太郎のように、残酷かつ強靭であることが必須条件かもしれません。

 

 

しかしそれでも・・・

 

 

本当にそれでいいのか?

 

 

という疑問は残るのですが。

 

 

 

●殺意の波動に目覚めた桃太郎
「ストリートファイターZERO3」「殺意リュウ」でYOUTUBE検索すると、このお話のエンディングのパクり元が判明します。