デッサン力とは何か

デッサン力の定義

よく「デッサン力」という言葉が使われますが、これはどんな能力の事を指すのでしょうか?

 

一般には、正確に形状を紙に写し取る力のことをいうようです。これは「模写」のスキルそのものといえるでしょう。

 

しかし現実には実在しないもの、たとえば完全に架空の、自分の頭の中だけで作り出した人物やキャラクターの場合、元となるモデルが存在しません。
ということは、本来これら架空のキャラクターを描画する能力は、元がないだけに「模写のスキル」とはいえないはずです。何かを写し取っているわけではないのですから。

 

そんな完全な架空のキャラクターについても、私達は「正確に描けている」「描けていない」というような判断を下します。
たとえば顔のパーツがゆがんでいたり、人間としてありえない方向に関節が曲がっていたりする場合です。

 

「何かを写し取っているわけではない」にも関わらず、形状が正しいとか正しくないとかいうわけです。基準は何でしょうか?

 

 

みんな似た形をしている

私達はみんな、ほとんど似た形をしている、というと驚かれるかもしれません。

 

しかし人間の体というのは非常に緻密にできており、基本的には非常に近い形をしています。
私達は顔を見るだけで多くの個人を判別できますが、これは私達が非常にわずかな顔の特徴の差をよく覚えており、そこで個人を判別しているのです。

 

それはともかく、人間の体がどれくらい似ているのかというと、たとえば頭部の縦の長さは、身長160センチ程度では約22センチで(髪を含まない)、これを大きく離れることはありません。
身長160センチで頭部の縦の長さが30センチなどということは、通常はまずありえないのです。

 

また腕の長さについても、たとえば肘の関節点から手首の関節点までの長さは、身長160センチの人では約21センチとなりますが、これを24センチ程度にしてしまうと、腕だけ異様に長い怪物のように見えてしまいます。

 

このような絵を描いてしまうと、「デッサン力がない」「下手」という判定になるわけです。

 

 

私達は個体差の限界を知っている

もちろん人間の形状には個体差があります。たとえば人によって手が大きかったり小さかったりするのですが、これを個人差と個体差と呼ばれます。
通常、手が多少大きかったとしても、異常な事態とは認識しません。

 

仮にある人を完全に正確に模写した映像をここに用意したとします。それでその手の大きさを少しずつ大きくすることができたとします。
手が少しずつ大きくなり、最初はまだ不自然に見えず、「平均より手の大きい人」くらいにしか見えませんが、ある時点で手が異常に大きくなり、怪物のように見えてくることでしょう。

 

ある時点で突然怪物のように見えてしまう、いわば「ある大きさを越えた時点で人間ではない」と認識できます。
実は私たちは「手が大きい」という個人差の限界がどれくらいかを無意識で知っており、その個人差の限界を超えたときに「この絵はおかしい」となるわけです。

 

ならば「デッサン力がない」という本当の意味は、「人間の形ではなくなったとき」のことをいうことになります。
個人差の限界を超えてしまい、人間ではありえない形になってしまったとき、架空の人物でさえ「正しくない」と認識するようにできています。

 

もちろんこれには例外もあり、たとえば体の形が均整の取れた美女の絵を描こうとして、なぜか手だけ非常に大きくなってしまったとします。
それが怪物並ではなく、通常の個人差で認められる範囲の大きさであっても、「おかしい」と感じることがあります。

 

これは読者が「作者はおそらくすべて均整の取れた美女を描きたかったんだろう」と思い込んでいるためです。
読者が勝手に「体のすべてが均整の取れた絵を描きたかったのだ。だから手がこんなに大きいのはおかしい」と思い込んでいることがあったりします。
しかし実際には、体のほとんどが均整が取れていても、手だけ大きい美女というのは存在します。これは正確に描いてはいるのですが、読者が勝手に作者の意図を誤って解釈したために起こっただけで、「デッサン力がない」とはいえません。

 

 

空間的におかしい絵

体の大きさを正しく知っていたとしても、空間的におかしな絵というのが存在します。
たとえば人物を正面から描いた絵で、こちらに向かって手を突き出しているような絵を描くとします。
このとき腕はこちらに向かって伸びているので、腕の見た目の長さは短くなると同時に、こちらの接近している部分は太く見えます。

 

画像:カメラ方向へ突き出した腕
カメラ方向へ突き出した腕

 

これがもし、接近した部分がまったく大きくなっていなかったらどう見えるでしょうか?

 

画像:まったくパースの付いていないカメラ方向へ突き出した腕
まったくパースの付いていないカメラ方向へ突き出した腕

 

これだと単に「腕が異常に短い人」と見えてしまいます。場合によっては「腕が短すぎる怪物」になってしまいます。
人間の体を正しく知っていても、空間的におかしい絵を描くと「正しく描けていない」となります。

 

 

「デッサン力」を身につけるには?

上記のように、デッサン力がない、形状が不正確であるという定義は、「人間の法則を超えてしまった」場合におきます。
ならばデッサン力がある、正確に描くための方法は、人間の形状としておかしくない形を知っており、それを紙の上に反映していることを指します。

 

たとえば関節がおかしな方向に曲がっていないとか、頭部の大きさが個人差の限界を超えていないとか、また空間的におかしくないとか(遠近法的におかしくないとか)、そういう法則を守っていれば「おかしくない」となるわけです。

 

「模写」というのはそっくりそのまま写し取るスキルのことをいいますが、もし対象の人物をそっくりそのまま写し取れなかったとしても、人間や空間の法則に従っていれば、元の形を知られなければ「おかしい」とはいわれません。

 

「正確に描く」とは、模写のスキルのことではないのです。
そっくりそのまま写し取ることが重要なのではなく、人間として、あるいは空間的に、適切に見えているかどうかというところが判断基準になります。

 

ある人物をそっくりそのまま写し取ることができなくても、たとえば関節の回転の具合が元のモデルと少々異なっていても、それがありえない方向に曲がっておらず、かつ空間的に正しい描き方がされていれば、単に「ポーズが変わった」にすぎません。

お知らせ

次回の「関西創作交流会(主に自分の作品を見せながら雑談する会)」は9月9日(土)寝屋川市で行います。参加費無料なのでぜひご参加ください。

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